BRE PETE BROCK'S RACING REVOLUTION
BRE PETE BROCK'S RACING REVOLUTION
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モータースポーツの歴史の中で、ピート・ブロックほど多くの分野に影響を与えた人物は多くない。デザイナー、レーサー、エンジニア、チームオーナー、そしてビジョナリー。彼のキャリアは、アメリカンモータースポーツ史の中でも最も刺激的な時代を横断している。
ゼネラルモーターズ史上最年少デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、キャロル・シェルビーのもとで革新的なレーシングマシンを生み出し、そして自身のレーシングチーム「Brock Racing Enterprises(BRE)」を設立するまで、ピート・ブロックは常に“性能”“革新”“レーシングスピリット”の意味を更新し続けてきた。
彼の設計した伝説のマシン、シェルビー・デイトナ・コブラ・クーペは、1965年、シェルビー・アメリカンにFIA GT世界選手権をもたらした。しかし、ピート・ブロックの功績は一台の名車にとどまらない。BREを通じて彼はダットサンをアメリカのレースシーンにおける圧倒的な存在へと押し上げたのである。
BREダットサン510と240Zは、精密なエンジニアリングとレーシングパフォーマンスの象徴となり、その赤・白・青のカラーリングはモータースポーツ史の中でも最も象徴的なカラーリングのひとつとなった。しかしピート・ブロックの物語は、単なるレースの勝利の歴史ではない。それは創造性、挑戦、そして尽きることのない探究心の物語である。本書はその軌跡を記録する一冊である。
ピート・ブロックは単にクルマをデザインした人物ではない。彼は“ひとつの時代”をデザインした人物なのだ。
この本は、世界で未だ公開されていない、ピート・ブロックの半生を本人のロングインタビューと、本人所蔵の未公開資料とともに編集した完全保存版の一冊となる。
PETE BROCK 略歴
ピート・ブロックは1936年、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれた。
ホットロッド文化が黄金期を迎えていた時代に育った彼は、若い頃からスピードとデザインに魅了されていた。10代の頃にはすでにクルマの改造を始め、機械的知識と独自のデザインセンスを身につけていく。
19歳のとき、彼はゼネラルモーターズ史上最年少デザイナーとして採用される。GM在籍時には、後の名車「第二世代コルベット・スティングレイ」に影響を与えるデザインスケッチを描いた。
その後キャロル・シェルビーのチームに参加し、伝説的レーシングカー「シェルビー・デイトナ・コブラ・クーペ」を設計。このマシンは1965年、シェルビー・アメリカンにFIA GT世界選手権をもたらした。
1965年、彼はBrock Racing Enterprises(BRE)を設立。BREはダットサン(現日産)とともにSCCAおよびTrans‑Amシリーズで活躍し、ダットサン510や240Zによって数々のチャンピオンシップを獲得した。その後もピート・ブロックはプロトタイプスポーツカー、航空機設計、輸送トレーラー設計など幅広い分野で活動を続けている。
CONTENTS
CHAPTER 1 ホットロッドの始まり
MG‑TC — ピート・ブロック最初の愛車(1952年)
学生時代 — 1954年
1946 フォード・コンバーチブルをすでにカスタムされた状態で購入。
その後ピート自身のアイデアにより、さらにホットロッドとして改造された。
1954年式キャデラックエンジンに換装され、“Fordillac”というショーネームで知られる。
1953年および1956年のオークランド・ロードスターショーで賞を受賞。
CHAPTER 2 GMデザイナー時代
GMデザイナー時代(1956–1957)
CADET(開発コードネーム XP‑79)
学生でも購入できる1000ドルカーとしてピート・ブロックが企画・デザインしたコンセプトカー。クーペとワゴンのフルスケールモックアップが制作された。1958年発表とする資料も存在する。
第二世代コルベット・スティングレイ デザインスケッチ 1957年11月17日作成
CHAPTER 3 シェルビー・アメリカン
クーパー・クライマックス 当時ピートが所有していたレーシングカー。
ネザーカット・ミラージュ 1963年設計、1965年完成。Can‑Am参戦用ワンオフマシン。
シェルビー・デイトナ・コブラ・クーペ 1964年製造。
1964年ルマン24時間 総合4位/GT5.0クラス優勝
1965年ルマン24時間 総合8位/GT5.0クラス3位
1965年 FIA GT世界選手権 チャンピオン
CHAPTER 4 デイトナ革命
デイトナ・コブラ Type65(デイトナ・スーパー・クーペ)1965年製造。427エンジン用として設計。しかし427コブラのホモロゲーション遅れとシェルビーがGT40開発へ注力したためレース参戦は実現しなかった。
シェルビー・マスタング GT350 1965年製造。バンパーデザインとストライプをピートが担当。
ラング・クーパー 1964年製造。Cooper T61シャシーをベースにピート・ブロックがデザインしたボディを装着。
シェルビー / デ・トマソ P70 USRRCおよびCan‑Am参戦を目的に開発されたレーシングカー。
シャシー:デ・トマソ
ボディデザイン:ピート・ブロック
ボディ製作:カロッツェリア・ファントゥッツィ
プロジェクトは中止されたが、1台のみ完成し
「Ghia De Tomaso Sport 5000」として1965年トリノショーで公開された。
CHAPTER 5 日野時代
日野900GT 俳優ボブ・ダナムのために製作されたレーシングカー。ピート自身もこの車でレースやヒルクライムに参戦。
日野コンテッサ1300クーペ
1966年リバーサイド6時間耐久レースに「チームサムライ」として参戦。
一度優勝するも後に失格。同年Times Mirror GP前座レースMission Bell 100で1‑2フィニッシュ。
CHAPTER 6 サムライ・プロジェクト
日野サムライ ピートが設計したプロトタイプスポーツカー。
ボディ:Troutman & Barnes
スペースフレーム:LeGrand
1967年日本GP参戦のため日本へ輸送。
トライアンフ TR250K
TR4Aシャシーをベースにしたコンセプトレーシングカー。1968年セブリング12時間レース参戦。
トヨタ JP6(トヨタ400S)
トヨタがBREへ依頼したミッドシッププロトタイプ。当初V8予定だったが2000GTエンジンを搭載。開発は途中で中止された。
CHAPTER 7 ダットサン、アメリカを制す
ダットサン2000ロードスター 1969年SCCA Dプロダクションクラス参戦
サザンパシフィックチャンピオン。
ダットサン240Z 1970・1971 Cプロダクションチャンピオン。
ダットサン510 1971・1972 Trans‑Am 2.5Lチャンピオン。
CHAPTER 8 レースのその先へ
ロータス70B 1972年 SCCA Formula5000参戦。
BAJAレース ダットサンピックアップ、510、240ZがBAJA1000に参戦。
ウルトラライト航空機 ピートはグライダーやウルトラライト機の設計・販売も行った。
CHAPTER 9 伝説の復活
ブロック・クーペ デイトナ・コブラの現代版。 2003年プロトタイプ完成。
CHAPTER 10 レガシー
DATZILLA V8搭載ダットサン510。
AEROVAULT ピートが設計したレーシングカー用トレーラー。現在も生産されている。
編集・販売:カルチュア・エンタテインメント Daytona編集部
書籍仕様
判型:297 × 292 mm
ページ数:約400ページ
装丁:ハードカバー
発売予定:2027年1月
特別付録:トミカリミテッドヴィンテージ(TLV) ダットサン510 2dr BRE
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